| 小金沢連嶺縦走探検記 | |
| 山梨県・ハイキング |
| 期日 | 平成13年7月21日 |
| 参加者 | 横田和章…私 |
![]() |
今日は大月市指定秀麗富岳12景のうち、ついに11景目の探検に挑む。 目的地は12景中最高峰の小金沢山(こがねざわやま) ・牛奥ノ雁ガ腹摺山(うしおくのがんがはらすりやま)である。 2つの山の一帯は「小金沢連嶺(こがねざわれんれい)」 と呼ばれ、南北へ数キロ続く稜線上に標高2000m近い山がいくつも並んでいる。 すぐ南には、 先日登った南大菩薩連嶺が続いている。 一般的には湯ノ沢峠より北を小金沢連嶺、南を南大菩薩連嶺と呼ぶらしい。 小金沢連嶺の縦走路は、ところどころ美しい草原が広がる展望の良い場所だという。 その一方で、Webで集めた情報によれば一部は笹薮に埋もれているとの情報もある。 リスクは承知の上、11景目のクライマックスへ挑むことにする。
その縦走路は南北に続いた一本道なので、アプローチは北側にある石丸峠付近か、 南側にある湯ノ沢峠、大峠のいずれかになる。 先日の南大菩薩連嶺縦走探検記の折にはその湯ノ沢峠に立ち、 北側に続く小金沢連嶺への道を見て「いつか登りたい」と思っていた私である。 だから今回は、スタートはその湯ノ沢峠と決め、 目に焼きついたあの道を歩いてみることにする。
今回は午前3時に自宅を自動車で出発。 甲州街道の笹子トンネルを越えて大和村に入ると、ほどなくして右に 「天目」とか「竜門峡」を示す看板がある。 ここを右折してしばらく進み、大和天目山温泉のすぐ先の焼山小金沢林道に入る。 林道は途中までは舗装されているものの、 徒歩登山道と分岐したあたりから砂利道に変わる。 その道は本当にデコボコ。 大きなワダチのある場所もあるし、 水の流れが道路を横切るような所には深い溝もある。 普通車の私の車では時々車体の底を擦りそう。 そうならないように極端にスピードを落として走るのだが、 とにかく疲れる。 こういう時はやはりRV車が適している。 次の車はRV車にしようと思う私である。
ようやく湯ノ沢峠下の駐車場に到着したのは午前6:30頃。
既に周囲には沢山の自動車が停まっている。
今日はお休みだし、あと1時間もすればここは一杯になってしまうのだろうか。
朝食のために買っておいたお弁当を食べながら、涼しい峠の朝の空気を吸う。
そして荷物を背負い、いよいよスタート。
|
駐車場のそばには避難小屋があり、今日は何人もの登山客がここに泊まっている様子。 そこから3分程歩いて湯ノ沢峠に出ると、 峠の周囲には更にいくつものテントが並んでいる。 この連休は多くの人が押し寄せたため、 小屋には泊まりきれなかったということなのだろう。 峠の朝は光と影がはっきりしていて眩しい。 そびえ立つ「湯ノ沢峠」の標識を右に見ながら、 あの時「いつか登りたい」と思っていた「白谷丸」への道へいよいよ歩き出す。
その道はいきなり急で狭い。 木々に囲まれ笹が並んだ道を、息を荒くしながら登ってゆく。 すると道はすぐにまばらな林に出て、後ろに美しい展望が開けてくる。 眼下に見える湯ノ沢峠の先には、先日歩いた草原が箱庭のように見える。 その上にそびえ立つ大蔵高丸の更に上には、 青空にくっきりと白い雲の塊が見える。きっとこれが富士山だ。 その大パノラマに早くも感動。 急な道を登るのはとてもハードだが、 時々立ち止まってその景色を確認すれば気分は爽快だ。 こうしてどんどん高度を上げてゆく。
道のすぐ右には崩落した白い砂地がある。 白谷丸(しらやのまる)と呼ばれる由縁は、きっとこの白い砂なのだろう。 周囲に並んだ丸みを帯びた岩は花崗岩だ。 ハマイバ丸・雁ガ腹摺山を含め、この一帯はずっと花崗岩ということのようだ。
一気に登って林の中の小さなピークに飛び出すと、 道は一旦美しい草原に下る。 岩が並んだ小さな丘が右に見え、 前方にはおそらく白谷丸山頂と思われるピークまでずっと草原が続いている。 その草原からは本当に美しい展望が広がっている。東には雁ガ腹摺山も見え、 山なみは遥か彼方の丹沢まで続いている。 相変わらず富士山が白い雲に囲まれているのは残念だが、 それでもとても心浮き立つ景色である。 ギボウシやヤナギランが咲き乱れる色鮮やかな草原を、軽快に歩いてゆく。
白谷丸まで登ると、今日はそこに怪しげなアンテナが立っている。
1人のアマチュア無線家が関東一円の人との交信を楽しんでいるようだ。
山頂には特に標識もなく、道はそのまま下り始めると、
今度は林の中に入ってゆく。
このあたりから霧が出始め、周囲はゆっくりと静かな風景に変わる。
小さなピークを登り降りしながら広葉樹が広がる森の中を進む。
展望は失われても、周囲の広葉樹が作り出す景色もまたとても見事だ。
苔蒸した木々が並んだ静かな森は、薄い緑の隙間から差し込む光に照らされて、
とても鮮やかに見える。
やがてなだらかな道の先に看板が見え、三角点のある黒岳山頂へ到着。
|
黒岳山頂は標識以外には何もない場所で、 林に囲まれていて展望もない。 今日は濃い霧に包まれていて、周囲はじめじめとした雰囲気。 そして誰もいない。 腰をおろして休もうにも地面も湿っているので、面倒臭いから立ったまま少し休憩。 ここまで一気に登ってきたものの、どうもあまり体調が良くない。 特に胃腸の様子が悪いという訳ではないのだが、 なんとなく軽い頭痛のようなものを感じる。 まるで宙に浮いているかのようだ。 睡眠不足がたたっているのだろうか?
でも、寝るような場所もないので、 そのまま今度は川胡桃沢ノ頭(かわくるみさわのかしら)へ向けて歩き出す。 道は少し下ったところで大峠からの道と合流する。 ここにも「黒岳」という看板があって紛らわしい。 きっと大峠から来た人は、ここが山頂だと思ってしまうだろう。 高度差からして山頂はさっきの標識の場所に間違いない。 確かに「黒岳」とは書いてあっても、 よく見れば「山頂」とはどこにも書いていないわけだし、 あながち嘘を書いているわけでもないのだが。
すると道は今度は小さなピークの上り下りを繰り返しながら林の中を下ってゆく。 森の下には笹が育っているものの、道ははっきりしていて迷う心配はない。 赤テープも沢山あるので安心。 やがて森がまばらになると、左に再び美しい山々の並んだ展望が見え始め、 なだらかなピークへ飛び出す。木に下げられた標識によれば、 ここが川胡桃沢ノ頭のようだ。
南に見える黒岳には、相変わらず濃い霧がかかっている。 私はあの霧の中を歩いてきたのか。 そこはうって変わって視界が開けており、明るい草原という雰囲気である。 安心した私は少し眠気を感じたので、 時間もあることだしレジャーシートを広げて少し寝ることにする。 標高1900mを超えるこの場所は、真夏であっても嘘のように涼しい。 太陽をさえぎるようにハンカチを顔に載せれば、それで十分快適である。 長袖をおろしても暑さを感じない。 ちょっぴり耳のあたりを舞う虫たちがうるさいけれど。
瞬く間に私は深い眠りに落ちてしまい、気がつけば1時間後。
寝ている間に通りすぎた夫婦が「死んでるの?寝てるんだよ。」
というようなことを話していたような気がする。
体調もかなり回復したように感じるし、元気に牛奥ノ雁ガ腹摺山へ向けて歩き出す。
|
川胡桃沢ノ頭からは道は林の中を急激に降下する。 一部倒木があったりして分かりにくいような場所もあるのだが、 そんな場所には赤テープを残しつつ歩く。 坂を下り切った峠のような場所には、少し広い草原が広がっている。 他のWebページではこの場所を「賽ノ河原」と呼んでいるようだ。
私は「賽ノ河原」なる言葉のいわれを知らないのだが、 普通賽ノ河原と言えば、石が積み上げられたような場所につけられる名前だと記憶している。 その名のついている観光地を訪れると、いつもガイドさんは 水子の霊がうんたらかんたらというような話しをしてくれる。 が、この場所は石が並んだ風景とは程遠い、とても美しい草原で、 いわゆる今まで見た賽ノ河原とは風景が全く違う。
憶測だが、本来賽ノ河原という地名は、 白谷丸の南東にある小さな丘のような場所を示す地名だったのではないかと思う。 その丘には看板も何も立っていないのだが、 確かに石が積まれていてそれらしい雰囲気である。 それが、地図の誤記か何かの原因により、 この草原を賽ノ河原とする誤った情報が伝えられ、 今に至っているのではないだろうか。
まぁそういうことは往々にしてあることであり、 コロンブスがカリブ海に浮かぶ島々をインドだと思ったことから、 現在でも「西インド諸島」と呼ばれている例もあるわけである。 考えてみれば、誰かがこの峠を「賽ノ河原」と呼ぶようになる数万年も前から、 この場所は峠だったに違いない。そんなスケールの大きな大自然を、 たかだか80年しか生きられない人間がどう呼ぼうと、 どうでも良い話しなのである。 その日の私が見たものは、峠状のような場所に広がる、 美しい森と草原の風景だった、 それで良いというものだ。
この峠のような場所は、良く見ると東西にわずかながら踏み跡があるように見える。 これまた憶測だが、きっとこの踏み跡を西に辿れば、 途中で林道に出て手っ取り早く下山できるのだろう。 だが、踏み跡は非常に不明瞭で、 よほど注意して進まないとすぐに道が分からなくなってしまうと思う。 チャレンジしたい方はあくまで個人のリスクにて。 と、こんなことを書くと、 ひょっとしてお座敷さんあたりが挑戦してしまったりするのだろうか。
広い草原の道を登りつつ眺める大展望は素晴らしい。 ちょっと息は苦しいけれど、登るにつれて更に遠くの景色が見えて来ると思えば、 1歩1歩が楽しいものだ。 草原を抜けると道は再び小さな林に入り、 少し歩いたところで前方のなだらかな丘に標識が見えて来る。 いよいよ牛奥ノ雁ガ腹摺山山頂である。 ついに3つ目の雁ガ腹摺山にたどり着くと思えば感動しきり。
牛奥ノ雁ガ腹摺山の山頂は南から西にかけて展望が開けている。
その場所に立って私は、
やはり今日の富士山は、黒岳にかかっている霧に隠されて見えないのだと分かる。
谷間に見える雄大な風景は美しいし、
見通しの良いなだらかな山頂はとても気持が良い。
だがそれでも富士山が見えないのは少し悲しい横田和章氏である。
|
そうと分かればまたも粘ってみようと考え始める私だが、 どうせ粘るなら一つ先の小金沢山まで行ってそこで粘ろうと思う。 そこで、ひとまず牛奥ノ雁ガ腹摺山を後にして、 いよいよ小金沢山へと歩き出す。
その道はWebで調べた情報によれば深い笹薮に覆われているとのことだった。 歩いてみると確かにその道は、途中の林の中も草原も、どこも笹薮だらけだ。 しかし、なんとその笹薮は、今は綺麗に道の部分だけ刈り取られている。 しかもエンジンつきの芝刈り機で刈ったかのような、あまりにも見事な刈り方だ。 ただ歩くだけでも大変なこの連嶺に、 エンジンつきの芝刈り機なんて持って来て、 芝を刈って帰るなんざ一体どんな人なのだろうか。 ちょっと信じられないけど、とにかくありがたい。
「リスクは承知の上」と思っていた私としては拍子抜け。
嘘のような快適な道を小金沢山まで歩いて行く。
最後のピーク付近で、一部背の低い林の中を潜っているような箇所もあるが、
ともあれ想像していたよりもずっと快適だ。
弓なりに右に曲った稜線を歩いていると、やがてひょっこり小金沢山山頂に到達。
これで秀嶺富岳11景目の山頂を、2つとも制覇である。
|
小金沢山山頂は狭い場所で、視界は東から南にかけて開けている模様。 しかし、この日は山頂一帯に霧がかかっていて、展望はあまり良くない。 それでもしばらく待っていると、東に三頭山が見え隠れする。 よし、このまま富士山が見えるのを待とう。
そう考え、誰も居ない山頂でしばらく待つことにする。 気がついてみれば、小金沢山の山頂の石は、明らかにこれまでと組成が違う。 どうもこの岩はホルンフェルスのようである。 ホルンフェルスというのは泥岩が熱せられて硬く変化したもの。 恐らく熱の原因はさっきまでの花崗岩だろう。
狭い山頂に腰を下ろして、霧が動く間に見え隠れする景色を楽しむ。 しかし、なかなか富士山と思われる方角の霧は晴れない。 標高2000mを越えるこの場所はとても涼しい。 座っていると快適だ。 あとはこのうるさい虫さえいなければ。
ところがである。ここで恐れていたことが起こってしまう。 さっきまで見えていた三頭山方向の展望も急に濃い霧に覆われ始め、 すぐ目の前にある立ち枯れた木々さえも霞んで見えるようになる。 そして突然ポツポツという音が聞こえ始める。 降り始めた雨は粒が大きい。まだ昼だけど、これは夕立に近い。
山の天気は変わりやすいと良く言うけれど、それはまさに本当だ。
さっきまで少しは太陽もさしていたのに、今度はいきなり雨が降って来るとは。
もし雷が鳴り始めたらと思えば、
こんなに高い山の山頂にいるというのは非常に危険だ。
かくなる上は、またしても豪速急で退散しかない。
しかし、今日の山は1時間やそこらで下山できるような山ではない。
でも、ひとまず牛奥ノ雁ガ腹摺山方面へ向けて逃げ。
|
小金沢山から逃げ出した私は、豪速急で笹薮の道を牛奥ノ雁ガ腹摺山へ向けて走り出す。 ところが、小金沢山から離れるとすぐに霧はおさまり、雨の音もいつしか消える。 そして牛奥ノ雁ガ腹摺山に戻ってみれば、 再び太陽が明るく差した穏やかな天気に変わっている。 ううむ、謎である。
そこでは後から来たと思われる6人ぐらいのおじさん軍団がお昼を食べている。 そしてその向こうに待望の富士山が…見えると言って良いのだろうか!? 百聞は一見にしかず。その時見えた富士山が右の写真。つまり、 山頂には雲がかかっているものの、裾の方はなんとなく分かるような姿。 それでも大きく広がった裾野が良くわかり、 富士のスケールの大きさを感じさせるには十分だ。
小金沢山から小走りで歩いて来た私は、 ちょっと疲れたし、もう少し富士山が良く見えることを期待しつつ、 その場所で更に粘ってみることにする。 それでレジャーシートを広げてまたしても昼寝。 富士山が見えてくると、隣のおじさん軍団が歓喜の声をあげるようなので、 それを目覚し時計にする仕組み。
こうして1時間程寝た私だが、
残念ながら富士山の景色はそれ以上に良くなることはなかった。
睡眠も十分となり体調もとても良くなったので、
そろそろ下山することにする。またいつか、きっと美しい富士山を見に、
この場所へ戻って来ることにしよう。
|
秀嶺富岳11景目の富士山は、今日は雲がかかっていたけれど、 それも景色の一部と思えばそれなりに満足な私である。 予想とは違うクライマックスだったが、草原の広がる景色も美しかったし、 夏でも涼しいこの場所は、私のお気に入りになりそうだ。 これで残る1景は大月市中心部に近い「岩殿山」だ。 この山は12景中最も標高も低いし、駅から近くて登るのも楽だと聞いている。 12景制覇の旅ももうすぐ終るのかと想像すれば感慨しきり。 思えば最初に登った山は扇山だった。 あの頃はまだ冬で、結構厚着をして登ったっけ。 日和見山の会はその時だけ盛況で、十何人もぞろぞろ歩いて枯れ葉の道を歩いた。 それが今や季節も夏となり、あの頃とは全く違う緑の森林の間を、 私は一人で歩いているのである。 自然の風景を訪ねる旅というものはなんと良いものなのだろう。
こうして実感をかみしめながら、 往路にも通った林の道をどこまでも歩き、 川胡桃沢ノ頭、黒岳、白谷丸へと戻って行く。 道すがら、少し分かりにくいような場所には赤テープを残す。 きっとこれで冬にこの場所へ来ても、少し安全に歩くことができるだろう。
白谷丸まで戻ると、空は今朝よりも更に晴れ渡り、景色は一層雄大に見える。 草原に花は咲き乱れ、眼下には甲府盆地の町も良く見える。 きっとあの町では、今日も気温35度とかなのだろう。 私は気温25度にも満たない爽快な草原の風に吹かれながら、 湯ノ沢峠へと降りて行く。
峠に戻ってみると、今朝はあれほど停まっていた車が、
今は5台にまで減っている。
私は車に積んであった2リットルのペットボトルを取り出し、
避難小屋下の水場まで水を汲みに降りる。
満タンにした水が今日の戦利品である。
|
山梨県のハイキングの帰りといえば、ほうとう+温泉に限る。 先日の南大菩薩連嶺縦走探検記の時にも立ち寄った、 甲斐大和駅前の「みやび」というお店で、今日はいのししほうとうを食べてみた。 そのいのししほうとう、とても美味しい。 いのししの肉は豚肉と比べて脂が少なくやや硬いのだが、 身がしまっていて味が濃い。 それがほうとうに非常に良くあうようだ。 先日食べたきのこのほうとうも美味しかったし、 ここはなかなか良いお店である。
それから、その後は笹子トンネルを越えて、笹子鉱泉に入ることにする。 時刻はもう18:00を過ぎていたのだが、 鉱泉のおじさんに快く入れてもらえ大感謝。 誰もいないお風呂にゆったりと浸かり、汗を流せば気分爽快。 ホカホカの体で車に乗り、少し暗くなり始めた大月の町を車で駆け抜けて行く。
だがやはりこの日も中央道は大渋滞。 甲州街道もかなり流れが悪い。 そんな渋滞で信号にひっかかっている時、 私は運良く前方に虹が見えるのに気づく。 慌ててカメラを取り出し写真撮影。
そんなほほえましい一幕もありながら、なんとか無事に帰ったとさ。